更新 Nov. 5, 2025
先日ドルフィンギターズさんのYoutube番組でギターの倍音についていろいろお話をさせていただいた.
https://www.youtube.com/live/x0LtBA_3M8c?si=Itx-QNjreXgKYXZF
話す内容についてはほぼ打ち合わせ無しでフリートーク的なものになったので,ここでその補足や訂正,所感をまとめておこうと思う.
1.はじめに
倍音なんてそんな単純なものをそもそも議論する必要があるのか?と思っていたのだが,Youtube番組の放送後,ギターの世界で言われている倍音について気になったのでネット上の情報をいくつか見てみたところ,「倍音」というものが結構重視されているようで,ギターの音が気に入っていれば倍音がどうなっていようがあまり意味がないと思っていた者としては意外だった.また「倍音」の意味が一般的(学術的)な定義と異なっているようなのも気になった.
ギターを自分なりに評価している分には,人それぞれに「倍音」の定義があってもあまり問題ないが,他者の共感を得ようとするなら勝手な定義では話が通じないだろう.
そう考えるとやはり一般的な定義をベースにすべきである.独自の定義を周知させることも悪くないとは思うが,その場合本来の「倍音」と同じ言葉だと混乱を招くので,できれば違う言葉を用いるべきだろう(たとえば「響度」みたいな…)
情報の多くはギターの響きを感覚的に訴えるのみで,定量的でないし条件も明確でないので再現性が不明で追試をして確認しようがないものがほとんどだった.
それが「倍音」ついて真贋玉石様々な情報がまん延している原因ではないかと感じた.
2.倍音とは
一般的に,倍音とは基音の周波数の整数倍の周波数を持つ正弦波で,ある一つの振動波形を形成する成分のこと.振動波形をフーリエ変換すれば基音と倍音成分に分解できる.それだけのことで単純明快なものである.基音+倍音で一つの振動波形が形成され音色が決まる(なお,基音,倍音ともに正弦波である).
倍音のブレンド具合で波形が変わる=音色が変わる.これは倍音を元とした場合の話でシンセサイザの原理である.
ギターの場合,その動作を考えれば振動波形が元となる.弦の振動によって直接的に振動波形が生成される.その振動波形は基音と倍音に分解できる.振動波形が違えば,基音と倍音のブレンド具合が違う.
波形と倍音は因果関係にあるものではなく,同じもの(音色)を違う立場で表現したものである.音を時間領域で観測すれば波形で表現され,周波数領域で観測すれば倍音で表現される.
ただ,倍音で表現した方が数値化しやすく客観性が高い評価ができるのでいろいろと都合がよい.
ちなみに「振動波形」と「倍音」との相互変換は自由にできる.
倍音 =「振動波形」のフーリエ変換
振動波形 = 「倍音」 の逆フーリエ変換
フーリエ変換,逆フーリエ変換は線形演算なので,倍音と振動波形はまったく等価であるのは明らかで,このことからも「倍音」が音色に関する新たなファクターでもなんでもなく,振動波形を別の側面から表現したものにすぎないということが言える.
「別の側面」とは具体的に言えば,ある一つの音色を,振動波形は「時間領域」,倍音は「周波数領域」で表現したものということ.
余談になるが,「フーリエ変換」というワードを出したとたん,それ以降,話聞いてもらえなくなることが多い.「そんな難しい話されても…」という反応なのだが,個人的には,「今時エクセルにさえ備わっている機能なのにね…」といつも思う.もしかして”FFT(Fast Fourier Transform)”がそれだと気づいていない? ネジを回す(倍音に分解する)にはドライバー(フーリエ変換)を使えばいいだけのこと.フーリエ変換はそういうものだと承知すればいい.ただの道具である.
それはともかく,参考までにいろんな倍音を組み合わせてそれを音として聞けるサイトを紹介しておく.
https://vrlab.meijo-u.ac.jp/edu/sinusoidal-wave-synthesis.html
最大25次倍音までそれらのレベルを自由に変えて合成した音を聞くことができる.
ある倍音のレベルを変えた直後はその変化によってその倍音だけを認識できたように感じるが,基音の音程(サイトでは基本周波数)や音量を変えたり,再生を停止→開始,などすると倍音だけを認識することができないのが感じられると思う.
3.倍音は聞こえるのか
人間の耳は鼓膜の振動によって音を認識しているが,人はこの振動に対するフーリエ変換(のような)能力が本来ないため,振動は認識できても倍音そのものを聴覚的に認識することは不可能である.
(ちなみに光(可視光)に関しては3バンド(RGB)フィルタによってフーリエ変換と等価な処理がされている.色が識別できるのはそのため.)
煌びやかな感じの音がするギターを弾いて,「このギターの音は倍音が多い」などと表現することがあるが,それは「倍音が多いとこういう音になる」という知見をすでに持っているからである.
(学習によって少しフーリエ変換能力を身につけたというべきか…)
そういう知見がない状態で同じギターの音を聞いたとすれば,音色ついて「明るい音,賑やかな音,うるさい音」などと感じるかもしれないが,「倍音が多い」と認識することは不可能だろう.
基音ではなく,ある倍音のレベルが最も大きい場合はどうか.
その状態であればその倍音が聞こえるのでは?と思うかもしれないが,基音+倍音がそのようにブレンドされた音色を聞いているだけである.
ただ,最もレベルの大きい振動の周波数が音程として認識される(2倍音が最大レベルならオクターブ上がって聞こえる)だけのこと.ただし錯聴によって最も低い周波数の音程を感じることもある.
いずれにしてもこの状態で認識できるのは倍音ではなく「音程」である.
4.いわゆる「倍音」とされているものは何なのか
ハーモニクス≒倍音 という記述も見かけたが,これについては詳細な説明は不要だろう.
ハーモニクスは弦の振動モードを変えてあのような音を出す奏法であって倍音とはまったく関係のないものである.
振動モードとして2次モードとかあるので,それを2次倍音などと言っているのかもしれない.
それはそれとして,人は倍音を個別に認識できないが倍音でない異なる周波数(音程)の音は個別に認識できることもあるので,「倍音が聞こえる」というのはそれを聞いているのかもしれない.
具体的には,ある弦を撥弦したときその音の倍音が他の弦の音程(ハーモニクスの音程を含む)と近ければ,”共鳴”によって他弦がその音程で振動し鳴り始める.
ただし,弦が異なるので倍音と他弦の音程はわずかに異なる音程(周波数)となる.周波数差が比較的大きければ,異なる音として個別に認識できる.差がわずかであればビートが発生し(音が揺らぐ),コーラスのような効果が発生する.
そして,共鳴で鳴り始めた音のサスティーンが長ければリバーブのような効果となるだろう.
仮に周波数が完全に一致するようチューニングができたとすれば,コーラス効果は生じないが,そのようにチューニングすることは現実には不可能.
逆に,ピッチに影響しない程度に少しチューニングをずらしてやればコーラス効果が深くなるだろう.
つまり, ”いわゆる「倍音」と呼ばれているもの” の効果はチューニングの状態によって大きく変わる.
それによって心地よい音になるだろうから大変よいことなのだが,これは「共鳴」よる効果であって倍音ではない.これを「倍音」と言ってしまっては誤解や憶測を招いてしまう.
弦(音の発生源)が異なれば上記のように周波数を厳密にあわせることは不可能だが,倍音は基音の周波数に対して厳密に整数倍でありまったくズレはない.
本来,倍音とはそういうものであって「倍音が揺らぐ」などということはあり得ない.
ある一つの波形を分解した成分が基音と倍音なので,それらの間に周波数関係のズレが生じるなどということはそもそもあり得ない話.
周波数に少しでもズレがある(非同期信号=シンクロしていない)のか,厳密に一致している(同期信号=シンクロしている)のか,が共鳴音と倍音の決定的な違いである.
異なる弦から発生した音は非同期信号なので,それらは互いに基音,倍音の関係にはならない.つまり音色に変化は与えない.
では何になるのかと言えば,当然であるが和音(ハーモニー)である.
実際,オクターブ奏法をしても音色は変わらない.
5.共鳴音と倍音
よく「豊かな響きの音」「奥行きのある音」などと言われることがあるが,倍音だけではこのような音にはならない.倍音は音色を決めるだけである.
先程のサイト
https://vrlab.meijo-u.ac.jp/edu/sinusoidal-wave-synthesis.html
で確かめることができるが,倍音をどんなに操作しても「豊かな響きの音」になってはくれない.
「響きを豊か」にするには少し周波数のズレがある共鳴音の存在が必要である.位相(時間方向)のずれも同様の効果がある.
周波数が基音の整数倍からズレていたり,時間遅れ(ディレイ)を伴う振動は,音に豊かさや奥行き感を与える.
周波数を少しずらせてミックスするDetuneと呼ばれるエフェクトや,周波数を周期的に変動(ビブラート)させて加えるコーラスなどは,共鳴音を人工的に作り出すものである.
また位相(時間方向)関しては,ディレイやリバーブといったエフェクトで実現できる.
いずれもどんな音になるのかは容易に想像できるかと思う.
シンセサイザは任意の音色は作れても,音の豊かさや奥行き感は出せない.シンセサイザにエフェクタが内蔵されているのはそれが理由である.
(シンセサイザがどんな音でも作れるならエフェクタはいらないはず)
とりあえず,これくらいで.
また何か気づけば追記していく.